大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(行)117号 判決 1969年11月27日

原告 殖栗昭作

被告 東京都公安委員会

主文

原告の訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

(原告)

被告が原告に対し昭和三八年一二月二六日付でした運転免許停止処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

原告の訴えを却下する。

(若し右本案前の申立てにして理由がないときは、)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  被告は、昭和三八年一二月二六日、原告に対し、原告の所有する普通自動車運転免許証の使用を昭和三八年一二月二六日から昭和三九年二月一三日までの五〇日間停止するとの処分をし、同日その旨を原告に通知した。

二  右処分の理由とするところは、要するに、原告が昭和三八年一一月一二日ダツトサン五九年式普通貨物自動車(第四や四三九四号)を運転し、誤つて、訴外谷口邦男の運転する第二種原動機付自転車(大田区第四六四四五号)に衝突させ、同訴外人に全治三週間程の傷害を与えた、というのである。

三  しかし、原告には運転上の義務違反はなく、右の事故は全く被害者たる訴外谷口邦男の一方的な過失によるものである。

いま、その事情を詳述すると、次のとおりである。

原告は、昭和三八年一一月一二日午前七時半頃、東京都大田区大森七丁目三、七四四番地先の産業道路西側に面し、呑川に架せられた川下橋を越えて約一〇〇メートル北方に下つた地点にある須山貸ガレージに、貨物自動車を入庫させるため、約五〇メートル手前より時速を二〇キロメートル位に落し、左寄りに徐行し、かつ、三〇メートル手前より方向指示器をあげ、バツクミラーで後方に進行車のないことを確認したうえで、歩道との距離を約一、五メートルに縮めつつ併進し、車庫入口近くにいたり、徐々に車を左側に寄せ、左側方向指示器を点滅して左折の合図をし、更に時速を五キロメートル位に減速して左折しようとした。ところが、後方川下橋の方より直進してきた谷口のオートバイは、目標を右車庫の前方約四〇メートルの地点にある交さ点においていたため、減速措置を講ずることなく、漫然と四〇キロメートルの速度で近接し、原告車が方向指示器を点滅させて徐々に左側に車寄せしていることに注意を払わず、目前で原告車が左折しはじめたのを発見し、あわててブレーキの操作をあやまつたか、ブレーキが故障していたためか、斜後方から原告車の左側側面に激突したものである。右の事情は、被害者の車の右側足踏みの金棒(平らでかつ鉄棒の直径に等しい厚さの硬いゴムで取り巻いてある。)が原告の車体(硬質厚さ一、二糎の鋼鉄製。)に突き刺さつたことからみても明らかである。

四  したがつて、原告には右の事故について何らの責任はなく、本件処分は、被害者たる谷口の一方的な言い分のみに基づいてなされた違法なものであるというべきである。

第三被告の答弁と主張

(本案前の主張)

本件免許の停止期間は、当初原告主張の五〇日間であつたが、その後被告は、昭和三九年一月一七日道路交通法一〇三条三項後段同法施行令三九条二項によりこれを二五日間短縮した。よつて、本件免許停止処分は、同年一月一九日期間が満了し、同日その効力を失うにいたつたものであるが、それより三年七か月も経過した今日においては、本件処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益は存在していないのであるから、本件訴えは、これを追行しうる利益を失つたものというべきである。

(請求原因に対する答弁)

原告主張の請求原因事実中、一および二の事実ならびに原告がその主張のごとく減速し、方向指示器により左折の合図をなし、道路を左折横断しようとしたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

(被告の主張)

原告は、当日貨物自動車を運転し、羽田街道を羽田方面から品川方面に向かい許容最高時速約四〇キロメートルで進行し、大森八丁目、七三七番地先に差しかかり、道路の左側にある路外駐車場に乗り入れるべく左折横断しようとした際、方向指示器による合図をし、時速二〇キロメートルに減速しただけで、漫然左折横断の挙に出たため、原告の左後方を時速約二五キロメートルで直進していた谷口のオートバイの前部に原告車の左側ドアーの部分を接触させ、よつて、同人に対し右下腿骨折兼右足関節脱臼なる加療約五〇日を要する傷害を与えたものである。このことは、右事故によつて原告車の軸間中央部すなわち運転台附近の左側にあたる前部ドアー下のボデーに破損の痕跡が残つていることや、事故現場の状況等の示すごとく、原告が路外駐車場に入るために左折横断しようとして極めて短時間、短距離の間にハンドルを左一杯に切つたこと等からみて、明らかである。

第四証拠関係<省略>

理由

まず、被告の本案前の抗弁について判断する。

本件運転免許の停止期間は、当初昭和三八年一二月二六日から昭和三九年二月一三日までの五〇日間であつたが、被告が昭和三九年一月一七日道路交通法一〇三条三項後段、同法施行令三九条二項によりこれを二五日間短縮したことは、原告の明らかに争わないところであるから、本件運転免許停止処分は、右昭和三九年一月一九日の経過により、その効力を喪失するにいたつたものというべきである。

ところで、道路交通法一〇三条および同法施行令三八条、四〇条の二の規定によれば、公安委員会は、道路交通法違反に対する行政処分の種類、程度を決定するにあたり、当該違反者の運転免許停止処分の前歴を判断の資料となしうるが、それは、その停止処分が過去一年以内になされたものだけに限られることとなつており、他に、右の前歴の故をもつて被処分者を不利益に取り扱いうることを認めた法令の規定はない。

もつとも、かかる前歴が将来受けることあるべき道路交通法違反事件の刑事処分等において情状等として斟酌されることがあるとしても、そのことは、免許停止処分がもたらす事実上の効果にすぎないというべきであり、また、免許停止処分自体一種の制裁として被処分者の名誉、信用等を毀損するものであることは否定しえないが、その違法な権利侵害に対して損害賠償請求の訴えを提起するには、予め当該免許停止処分が取り消されていることを必要とするものではない。

されば、仮に本件免許停止処分が違法であるとしても、処分の日たる昭和三八年一二月二六日より起算して満一年を経過した昭和三九年一二月二五日以後においては、判決によつてこれを取り消してみても、原告に法律上の利益を回復させる余地はなく、本件訴えは、爾後その利益を喪失するにいたつたものというべきである。

よつて本件訴えは、本案について判断を加えるまでもなく、不適法なものとして却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 中平健吉 斎藤清実)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例